東京高等裁判所 昭和26年(ネ)127号 判決
原判決中控訴人の被控訴人黒羽町農地委員会に対する売渡計画取消の訴を却下した部分を取消し、これを宇都宮地方裁判所に差戻す。
控訴人のその余の控訴を棄却する。
控訴人の控訴を棄却した部分に対する控訴費用は控訴人の負担とする。
二、事 実
控訴人は原判決を取消す。被控訴人黒羽町農地委員会が別紙目録記載の土地について昭和二十四年三月十八日定めた農地買収計画及び同年十一月十日定めた松本千代野に売渡す旨の売渡計画は何れもこれを取消す、被控訴人栃木県農地委員会が控訴人の訴願について昭和二十五年二月二十八日なした裁決はこれを取消す、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の負担とするとの判決を求め、被控訴人等は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の供述は、控訴人において本件土地の表示に字大宿田八十七番の五とあるのを字大宿田百八十七番と訂正する、柴崎博に対する買収令書は同人に到達していない、と陳述し、被控訴人等において、右訂正には異議がない、柴崎博に対する買収令書が同人に到達していないことを認めると陳述した外、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。(証拠省略)
三、理 由
(一) 被控訴人黒羽町農地委員会は、控訴人の本件農地買収計画の取消を求める請求の追加は、訴の変更となるから異議があると主張するが控訴人は訴提起の当初から、右買収計画の違法を理由とし、売渡計画の取消を求めて来たものであることは、本件訴状に徴し明かであつて新に買収計画の取消の請求を追加するも、請求の基礎には何等変更があるわけではないから、控訴人の右買収計画取消の請求の追加は違法ではない。
しかし、控訴人が取消を求める買収計画は、被控訴人黒羽町農地委員会が昭和二十四年三月十八日樹立したものであることは、控訴人の自ら主張するところであり、本件訴訟が提起せられたのは昭和二十五年三月三十一日であることは記録上明かであるから、(前記のように買収計画取消の請求が適法に追加せられた場合には、その出訴期間遵守の有無は最初の訴提起のときを標準として定めるべきものである)自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する)第四十七条の二により、処分のときから二箇月以上を経過している本訴請求は、出訴期間経過後のものとして却下すべきものである。然らば原判決が控訴人の右買収計画取消の訴を却下したのは相当である。
(二) 被控訴人黒羽町農地委員会に対する売渡計画取消の訴の適否について同被控訴人は、控訴人が本件土地の売渡について自創法第十七条所定の買受の申込をしていないから、売渡について異議を述べる適格がなく、従つて本訴においても右売渡計画の取消を求める適格がないと主張するが、他人に対する行政処分であつても、之が取消について法律上の利益を有するものは、憲法第三十二条及び行政事件訴訟特例法の定めるところによつて、訴訟を提起し得るものと解すべきであるから、之が取消について自創法に異議の申立及び訴願の適格がないからといつて、直ちに訴訟を提起し得る適格を欠くものということはできない。控訴人は、自己が本件農地の売渡を受け得る適格者であることを主張し、訴外松本千代野に対する売渡計画の取消を求めているのであるから、その取消を求めるについて正当の利益を有するものと認むべきである。而して行政事件訴訟特例法、第五条第四項によれば、訴の提起期間は、処分について訴願の裁決を経た場合には、訴願の裁決のあつたことを知つた日又は訴願裁決の日から計算すべきものであるから、同条第五項及び自創法第四十七条の二により、本件訴願の裁決のあつた昭和二十五年二月二十八日から起算し一箇月の期間内である同年三月三十一日提起せられた本訴は適法である。
被控訴人黒羽町農地委員会は本件異議の申立及び訴願は適格のない控訴人から提起せられたものであり、異議の決定及び訴願の裁決は、当事者適格を欠くものとして却下せられたものであるので、何れも内容の審査を受けていないこととなり、行政事件訴訟特例法第二条の裁決を経たものということができないから、同条の要件を具備していないものとして不適法であるというが、同条は法令の規定により行政上の不服の申立を許された事件についての規定であり、本件は後段認定のとおり、控訴人において行政上の不服の申立を許されていない事件であることが明かであるから、同条による制限に服すべき場合ではない。従つて右抗弁は採用することができない。
また同被控訴人は、前記のように訴願について却下の裁決がなされている場合は、出訴期間の起算日を訴願裁決の日におくことができないと主張するのであるが、訴願の適否は訴願裁決庁の審理の対象となるべきものであつて、しかも裁決庁は裁判所の前審ではないから、裁判所がその適否如何によつて、訴の提起の適否を定めることは妥当ではなく、行政事件訴訟特例法第五条第四項は、出訴権を有する者が、訴願の裁決を経ることにより、その出訴期間を徒過した場合を救済するために設けられた規定であるから、訴願の裁決が、内容の審査をしておらないからといつて、行政処分取消の訴訟を不適法ならしむるものではない。しからば、原判決が控訴人の請求にかかる本件農地売渡計画の当否について審理することなく、右訴を不適法として却下したのは失当である。
(三) 自創法第十九条及び第七条第四項の規定によれば、農地売渡計画について、異議の申立又は訴願をなし得る者は、第十七条により農地買受の申込をしたものに限られることが明かであつて、成立に争のない甲第一号証、原審証人植竹章次郎及び田野大安の各供述によれば、控訴人が本件農地の買受申込をしたのは昭和二十五年一月三十日であり、右農地売渡計画樹立当時は買受の申込をしていなかつたことが認められるから、控訴人は本件農地売渡計画については、異議の申立又は訴願をなし得る資格を欠き、被控訴人茨城県農地委員会が、右理由により控訴人の訴願を却下したのは正当であるから、被控訴人茨城県農地委員会の裁決は相当であり、控訴人の右裁決取消の請求は理由がないから、原判決が控訴人の右請求を排斥したのは相当である。
以上の理由により、原判決中控訴人の被控訴人黒羽町農地委員会に対する買収計画取消の訴を却下し、被控訴人茨城県農地委員会に対する裁決取消の請求を棄却した部分は正当であるから、該部分に対する控訴人の本件控訴は理由がないが、控訴人の被控訴人黒羽町農地委員会の売渡計画取消の訴を却下した原判決は失当であり控訴人の本件控訴は右部分において理由があるから、民事訴訟法第三百八十八条を適用し、なお訴訟費用の負担について民事訴訟法第九十五条、第九十六条及び第八十九条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 斉藤直一 山口嘉夫 猪俣幸一)
(目録省略)
原審判決の主文および事実
一、主 文
原告の被告黒羽町農地委員会に対する訴及被告栃木県農地委員会に対する買収計画承認取消の訴はいずれも之を却下する。
原告の被告栃木県農地委員会に対する訴願裁決取消の請求は之を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は(一)被告黒羽町農地委員会が別紙目録記載の土地につき昭和二十四年十一月十日に立てた買収計画は之を取消す。(二)被告栃木県農地委員会が右土地につき同年十一月十日為した買収計画の承認は之を取消す。(三)被告黒羽町農地委員会が立てた右土地を松本千代野に売渡す旨の売渡計画は之を取消す。(四)被告栃木県農地委員会が昭和二十五年二月二十八日原告の右土地につき為した訴願を却下した裁決は之を取消す、訴訟費用は被告等の負担とするとの判決を求め、その請求原因として別紙目録記載の土地は元訴外柴崎博の所有地で同人は昭和九年から昭和二十一年迄訴外松本千代野に小作させていたが、昭和二十一年十一月二十七日宇都宮地方裁判所に於て同人との間に小作調停が成立し昭和二十三年七月二十四日その返地を受けたそれ以来右土地は柴崎において耕作して来たところ、同人は同年八月東京に転居した為不在地主の認定を受け被告黒羽町農地委員会は昭和二十四年十一月十日右土地の買収計画を樹て被告栃木県農地委員会は同年十一月十日右買収計画を承認した、次で被告黒羽町農地委員会は前同日右土地を松本千代野に売渡す旨の売渡計画を立てた、原告は右売渡計画に対し同年十一月二十一日異議の申立をしたところ却下されたので更に同月三十日被告県農地委員会に訴願したが、右訴願も亦昭和二十五年二月二十八日却下となり同年三月十二日その裁決書の送達を受けた。しかし右各処分には次のような違法な点があるから取消さるべきものである。即ち
(一) 柴崎博は昭和二十五年一月十日に東京に転居したのであるが、被告町農地委員会はこの事実を無視し昭和二十四年三月十八日に不在地主と認定して買収計画を立てた。
(二) 柴崎博は町農地委員会の買収計画に対し昭和二十四年三月二十八日附を以て異議の申立をしたに拘らず、同農地委員会は之に対し何等の決定もせず握り潰し県農地委員会の承認を得て買収を決定し買収令書を発行した。
(三) 原告は柴崎博から右土地の耕作権の譲渡を受けているので被告町農地委員会に対しその承認を申請したが同被告はこの申請をも握り潰している。
(四) 被告町農地委員会は昭和二十四年三月十八日右土地を松本千代野に売渡すことを審議決定している。このように未だ知事の買収令書の発行もなく買収処分の手続が完了していないのに拘らず売渡の決定を為すことはできない筈である。被告県農地委員会も亦斯る先決処分の確定の有無を調査することなく原告の訴願を却下した。
(五) 被告県農地委員会は右農地の買収並売渡計画の承認を昭和二十四年十一月十日同時に為しているが、之亦右(四)に述べた理由に依り違法である。
(六) 原告は昭和二十二年七月十二日柴崎博から右土地を借受け耕作することを約し爾来耕作して供出も履行しているので被告町農地委員会に対し右土地の買受申込をしたところ同委員会はその一部のみを原告に売渡しその他は松本に売渡した。しかしこれは全部原告に売渡すべきもので松本に売渡すべきものではない。而も被告町農地委員会は原告の買受申込を受理しながら故意に県農地委員会の調査の際之を秘し原告の権利行使を阻害した。
(七) 訴外松本千代野は本件土地の耕作権を適法に抛棄したものであつてしかも書面に依る買受の申込をしていないに拘らず被告町農地委員会が同人に売渡の手続をしたことは違法である。
以上のように実質的にも又形式的にも違法の点がある本土地の買収並売渡の計画は何れも取消さるべきであつて之を無視して為された県農地委員会の承認並に原告の訴願に対する裁決も亦違法であるからその全部の取消を求める為本訴請求に及んだ次第であると陳述した。(立証省略)
被告黒羽町農地委員会指定代表者は請求却下の判決を求め原告訴訟代理人の為した買収計画の取消を求める請求の追加は訴の変更となるから異議がある。売渡処分の取消を求める点については原告は自作農創設特別措置法(以下自創法という)第十七条に依る買受の申込をしていないのであるから同法第十九条に依る不服の申立をすることができない。従つて原告は本訴に於ける当事者適格をも欠くものである、又本件土地の売渡計画に対し原告の為した異議は当事者適格を欠くものとして却下されそれに対して為した訴願も亦同一理由に依り却下となつた。従つて右訴願については内容の審査を受けていないこととなり訴願の裁決を経たものということができないから行政事件訴訟特例法第二条に規定する訴の要件を具備しているということはできない、又自ら異議申立訴願を為しているところからみて同法第二条但書の事由もない。この点に於ても原告の本件訴は不適法である。更に本件土地の売渡計画は昭和二十四年十一月十日樹立し同月十一日附原告の異議申立に対し同月二十七日異議却下の決定を為したのであるから原告は右異議申立当時には売渡計画のあつたことを知つていた筈である。従つて右売渡計画の取消を求める訴は遅くとも同年十一月十一日より一ケ月以内に提出しなければならない。即ち前述のような理由により訴願についても却下の裁決が為されている以上出訴期間の起算日を訴願裁決の日に置くわけには行かないからである。此の点においても亦不適法として却下せらるべきである。又買収計画の取消を求める請求の追加が許されるとしても右は自創法所定の出訴期間経過後に為されたものであるから不適法である。本案については被告町農地委員会が原告主張の日に買収並に売渡計画を樹立したこと、原告より右計画に対し異議の申立訴願が為されてそれが何れも却下されたこと、右土地は訴外柴崎博が松本千代野に対し昭和二十一年十一月迄小作させていたこと、昭和二十一年十一月二十七日宇都宮地方裁判所に於て同訴外人間に小作調停が成立し昭和二十三年七月二十一日松本千代野は右土地を柴崎に返還したこと、及柴崎は同年八月東京に転居したので被告町委員会において不在地主と認定し該土地を買収したことは何れも認めるが其の余の主張事実は総て否認する。即ち本件土地の買収計画は被告町農地委員会において買収期日を昭和二十五年十二月二日と定め同年十一月十日に買収計画を樹立したのである。然るに訴外柴崎博の農地買収異議申立書は原告を代理人として昭和二十四年三月二十八日に提出されて居り、被告町農地委員会は同年四月二十八日に之を受付けている。従つて右異議は同被告がその当時に立てた本件土地を含む大宿四八七番の一乃至九の買収計画案に対して為されたものであつて前述の昭和二十四年十一月十日の買収計画に対しては何等不服の申立てはない。又原告の買受申込書は昭和二十五年一月三十日附で提出されて居り本件土地についての県農地委員の調査は同年一月二十九日であるから被告町農地委員が故意に右申込書を秘することはできない、却て原告は県農地委員に指摘され始めて買受申込書を提出したのである。本件係争農地については訴外柴崎は東京に転居して耕作不能の事情に在り原告からは耕作権譲渡許可申請の提出があり、又柴崎からは原告を代理人として買収計画に対する異議の申立もあつたので被告町農地委員会は之等を一括検討した上不在地主の土地として買収計画を樹立すると共に一応自創法施行令第十八条に依て売渡を決めるべき農地に該当するので同条に従い売渡の相手方を選定しその一部を原告に一部を松本千代野に売渡すことを決定したのである。即ち本件農地に対し縁故を持つ度合将来農業経営を承継する者の有無宅地続きか否か住居よりの距離等耕作の便否等を勘案して前述のように売渡の相手方を選定したのであつた。その間に何等違法の点はないと答弁した。
被告県農地委員会指定代表者は訴願却下の裁決の取消を求める点は請求棄却買収計画承認の取消を求める点は訴却下の判決を求め、原告訴訟代理人の為した買収計画承認の取消を求める訴の追加は訴の変更であるから異議がある。仮にそれが許されるとしても右承認の日は昭和二十四年十二月二日であるから右訴は出訴期間経過後に為されたもので不適法として却下さるべきものである、と述べ本案についての答弁として被告町農地委員会の主張したと同一事実を陳述した。(立証省略)